一人親方の繁盛記
ぱんどメイド代表服部真吾のブログです。

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できない理由を考える前に

時間があいてしまいましたが・・・、まずは荒川静香さん、金メダルおめでとうございます。
まったくフィギュアスケートに興味のない私ですが、銀盤を舞うあなたの姿には感動を覚えました。
自信のみなぎる堂々とした姿、体全体から発しているオーラは、間違いなく世界で一番だと思います。
いつの間にかとてもレベルが高くなっている女子フィギュアスケートのレベルは、今回の金メダルに勇気付けられてますます高くなっていくことでしょう。
次のオリンピックは、地元の安藤美樹選手にもがんばってほしいですね。
あ、4回転のチャレンジ、素晴らしかったと思います。
「私が何をするためにここまで来たかわかってるの!?」と言わんばかりのジャンプでした。
失敗とか成功とかは、まぁいいんです。
あのプレッシャーの中で敢行した彼女に最大級の賛辞を送りたいと思います。
ま、今さらなのでオリンピックネタはこれくらいで・・・。

最近は日中の通常業務と夜間の新規事業の企画、準備でちょっと忙しくしていたりしました。
そんな中で出会った座右の銘を。
今回の出所は、中国の古典でも聖書でもありません。
現代の経営者です。

『できない理由を考える前に、できる方法を考えてくれ』
(リコー創業者:市村清氏)

新たなビジネスを考え、いろいろと思いをはせるのは私の趣味のようになりつつあります。
でも、実際に「これだ!」と推進していけるほどのモチベーションを満たすことができるものはありませんでした。

新たな道を進もうとするとき、やはりそのネガティブな側面に目を向けがちです。
「石橋をたたいて渡る」といえば聞こえはいいのかもしれませんが、どちらかというと「石橋をたたいて壊す」という感じもあり、自分のアイデアを自分で壊してしまう、ということも多々ありました。
石橋を壊さずに向こう岸へ行く方法を考えていなかったんですね。

別の本で、
「現在成功しているラーメン屋さんはたくさんあるが、その何割の人が綿密な事業計画を立てていたのか」
というようなことを読んだ記憶があります。
もちろんラーメン屋さんに限らず、自分の技術やアイデアをまずは自分がとことん信じて、そしてその成功だけを考えてまっすぐに進んでいく。
問題が発生したら、どうやったらその問題を乗り越えられるか、ということに集中する。
そうやって成功を収めてきた経営者も少なくないはず。

頭のよい人から見れば、無駄が多く決してクレバーなやり方とはいえないかもしれません。
でも、そうやって自己暗示をかけながら進んでいかないといけない時ってあると思うんです。

「チャンスに後ろ髪はない」(通り過ぎてしまったら捕まえられないよ!)
「It's better to regret doing something than to regret not doing it.」(やらずに後悔するよりやって後悔した方がいい)

そんな言葉を頼りに、またこんな私を信じ、支えてくれる人たちとともに、ガンガン進んでいきたいと思います。

孔子は言いました。
「吾十有五而志于学、三十而立。」
(吾十有五にして学に志し、三十にして立つ。:論語 為政第二)

30歳という節目の年齢だし、ここでちゃんと自立をするのもよいかな、と。
今日はそんな決意をした日でした。
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狭き門

なんかこのカテゴリ「ざゆうのめい」が、ネタが特にないときの独り言になりつつあるのが気になりますが・・・、これも毎日続けるための努力、ということで自分の中ではOKです。

今日はちょっと趣向を変えて、新約聖書の中の言葉から。
(引用元が古い、と言う意味では変わっていませんが・・・。)

「狭き門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入って行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出すものが少ない。」
(マタイによる福音書 第7章13節~14節)

おそらくここからの引用だと思われるのですが、現在でも「狭き門」と言う言葉はよく使われます。
その場合、多くはいわゆる「難関」を示す言葉として使われていることが多いでしょう。
国家試験、難関校の受験などなどです。
でも、聖書の言う「狭き門」は、少しニュアンスが違うような気がします。
簡単に言えば、「多数派がいつも正しいわけではない」「本当に正しいことは、実は大多数の人が気づいていないところにある」というようなことではないかと考えています。
(すみません・・・私は学者ではないので、もし違ってたら教えてください。)
では、正しいかどうかをどう判断すればよいのか。
それは、周囲の意見も大切だが、それに安易に迎合するのではなく、対象となることの本質が何なのかを「考える」ことだと思います。
「友達がみんな持ってるからファミコン(今ならプレステかな?)ほしい」っていうのも、これに当てはまりそうですね。

少し前からよく言われる「ニッチ」っていうのはこの言葉のニュアンスに似ていますね。
周りの企業が気づかない、あるいは小さすぎて扱おうとしないような「スキマ」を積極的に攻めていく。
実際これで成功している企業はたくさんあります。

これだけ多種多様なサービスと、それを提供する企業が存在する現在、これから起業していこうと考えたらやはり「広き門」よりも「狭き門」を選ばなければならない。
これは疑う余地のないことではないでしょうか。

私は、大学時代にこの言葉を知りました。
それは、
狭き門/ジッド著
という作品を読んだときです。
知人に奨められて読んだこの本にとても感動し、中でも本のタイトルにもなっている「狭き門」という言葉に深く感銘を受けたわけです。

この作品は、お互いに愛し合っている男女、ジェロームとアリサのお話。
互いに愛し合う二人であるのに、アリサが自身の信仰のために2人が一緒になるという「広き門」ではなく、ただ信仰のために生きるという「狭き門」を選んだため、最後の最後まで愛し合いながらも一緒になることができない。
そしてアリサはジェロームのことを思いながらも、神へ続く道を歩む、というようなキリスト教色の強い作品だったと思います。(もう10年位前に読んだのでちょっと曖昧です。)
その頃一緒に読んでいた「若きウェルテルの悩み/ゲーテ著」とともに、若い私の心にとても響く作品だったことは今でもはっきりと覚えています。

美しい心を持っている自信のある方は、是非読んでみてください。
蛇足ですが、「若きウェルテルの悩み」が発売された当時、ヨーロッパで多数の自殺者が出たそうです。
(これをウェルテル効果というのだとか・・・。)

でわでわ。

陛下不能将兵、而善将将 ~ 適材適所を考える

またまた古の中国のお話。
後に漢を建国する「高祖」劉邦の配下には、韓信という名将がいました。
漢建国の陰には、間違いなく韓信の多大な活躍がありました。

ある時、劉邦は韓信に聞きました。
「私はどれくらいの兵を率いることができるであろうか?」
韓信は答えます。
「陛下が率いることのできる兵はせいぜい10万程度でしょう。」
劉邦は聞き返します。
「では君ならどうだ?」
韓信は答えます。
「臣多多益辦」(私は多ければ多いほどよいです。)
劉邦はそれを聞き、笑ってさらにこう言います。
「では、なぜ君は私の配下におさまっているのか?」
そこで韓信は答えます。
「陛下不能将兵、而善将将」(陛下は兵を率いる将にはなれませんが、将の将となることができるのです。)

韓信は当時の中国で5本の指に入る名将であったといわれています。
それに対して、劉邦はそれほど才能があるわけではなく、ただ人をひきつける魅力があったといわれています。

現実に劉邦は、有能な韓信を配下に置き漢を建国しました。
それに対し、当時劉邦と覇権を争った項羽は違いました。
項羽は稀代の豪傑で、まともに立ち向かうことができるものはいませんでした。
ですが、項羽は将を用いることが劉邦ほど優れておらず、最終的に劉邦に天下を譲ることになります。

ここに適材適所の考え方があります。

現代の企業を当時の中国に当てはめれば、いわば社長が劉邦でそれを支える右腕が韓信でしょう。
社長に求められている能力は、優秀な右腕たちを惹きつけ、上手に率いる能力であると考えられます。
優秀な右腕を備えた社長は、飛びぬけて優秀なワンマン社長よりも遥かに強い会社を作ることができる、とも言えるでしょう。

一般的に会社は幾重にもなる階層状に組織化されていて、それぞれの局面で求められる能力が異なります。
当然人には個性や性格等といった違いがあり、それぞれに向き不向きがあるのも当然のことです。
それを考慮せずに組織を作ることは、全員の疲弊や非効率にこそつながれど、決して強い組織へと成長することはありません。
最終的に勝利を得るのは、所属する人々が自分の能力を発揮しながら、その集合体として会社の利益を得ることを考え、さらに部下を率いるべきリーダーが要所を押さえている組織だといえるのではないしょうか。

皆さんの身の回りにも、社長は有能だがイマイチ成長しない会社や、逆にそれほど「やり手」とはいえない社長が、有能な社員に支えられて急成長している会社があったりするのではないでしょうか??
本来発揮できるはずの能力を発揮する場が与えられない。
こんなミスマッチを解消していくことによって、会社はもっと成長できるんだと思います。

昔のいわゆる戦乱の世であった中国では、敗北=死といっても過言ではない状況です。
そんな命がけの状況でこのような考え方が発達し、そういう意味では「今でも通用する」というのは、当時の人に言わせれば当たり前のことなのかもしれません。

士別三日、即更刮目相待

忘れたくない言葉を記録しておく、という意味合いで、座右の銘のカテゴリを作ってみました。
今日はその1発目です。

「士別三日、即更刮目相待」(呂蒙)
(士たるもの別れて三日なれば、即ち更に刮目して相い待つべし)

その昔中国でいわゆる三国志の頃、勇猛で知られた呂蒙という武将。
彼は勇猛なことでとても有名でしたが、いわゆる知性派とは程遠く、「呉下の阿蒙」とは学のない人の代名詞でした。
そんな彼が時の君主である孫権に奨められ学問に励むようになりました。

ある日先輩であり知将として知られる魯粛と議論をしたとき、魯粛は呂蒙の成長に驚き、「(昔のような)呉下の阿蒙にあらず」と言いました。
それに対して呂蒙が言ったのが、今回の言葉です。
「士別三日、即更刮目相待」
つまり、
「男子たる者は別れて三日も経って合うときには目を見開いて見ないと別人ではないかと疑われるくらい進歩していなければならない」(北海道商工会議所のホームページより引用)ということです。

世の中には成長著しい人もまったく成長のない人もいます。
自分がどちらになるかは自分次第だし、成長できないときっと毎日がつまらなくなってしまいそうですね。

ちなみに、今兵法で知られる「孫子」の解説書のようなものを時間を見つけて読んでます。
2000年以上も前に書かれた書物が今でもその輝きを失わず、人々の指針になっている、というのはとてもすごいことだな、と思いました。

でわでわ。

PROFILE

服部真吾
  • Author:服部真吾
  • 名古屋で懸命に事業を大きくしようとしている一人親方の繁盛記。


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